一般社団法人

横浜市港北区医師会

認知症の基礎知識

はじめに

横浜市港北区医師会 副会長 川原 健資
(のぞみクリニック院長 横浜市認知症サポート医)

昨年(2020)以来、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な蔓延で、医療・介護に携わる方々のご苦労、ご心労はいくばくかとお察しいたしますと同時に、心よりお見舞い申し上げます。

港北区医師会も例外ではなく、地域医療を安定的に回していくために港北医療センター(休日急患診療所、訪問看護ステーション、ケアマネジメントステーション、港北区在宅医療相談室)と共に臨戦態勢で臨んで参りました。

今回は、港北区高齢者支援ネットワークで認知症の実務に役立つガイドを作るうえで、基礎知識についての原稿を依頼されましたので、なるべく簡略にまとめてみました。

最初にまず強調したいのは、横浜市にはとても優れた使いやすい地域ケアパス(オレンジガイド; 横浜市版認知症ケアパスガイド)がありますので、その俯瞰的な情報は是非皆さんで共有していただきたいと思います。また、「わた史ノート」という港北区版エンディングノートがあり、長い認知症のプロセスの中で当事者や家族が何回か見直す機会を持つのに役立つツールが用意されています。

これらの従来からある資源も役立てつつ、本ガイドが有効活用されることを期待しています。

1. 認知症の基礎知識

① 高齢者人口の増加

総務省が2020年9月に「統計からみた我が国の高齢者 ―『敬老の日』にちなんで―」を公表しました(図1)。

それによると、65歳以上の高齢者人口は2020年9月現在、3617万人(前年推計にくらべて30万人増加)で、総人口に占める割合(高齢化率)は28.7%(同0.3ポイント上昇)となりました。高齢者人口・高齢化率ともに過去最高を更新しています。

65歳以上の認知症の有病率は12%~17%と考えられていますので、年々認知症の方が増えていくことになります。

② 認知症の定義

認知症とは「生後いったん正常に発達した種々の精神機能が慢性的に減退・消失することで、日常生活・社会生活を営めない状態」を言います。精神機能が減退する理由は、脳の神経細胞やそれを支える組織が進行性に障害されることによるわけですが、その原因や障害される脳の部位により、後述するようにいくつかの分類があります。そのうちの複数が合併することも稀ではないことがわかってきています。

認知症の診断に良く用いられるアメリカ精神医学会によるDSM-5による認知症の診断基準を表1にあげておきます。

【表1】認知症の基礎知識

  • 1つ以上の認知領域(①複雑性注意、②実行機能、③学習および記憶、④言語、⑤知覚・運動、⑥社会的認知)が以前の機能レベルから低下している。
  • 認知機能の低下が日常生活に支障を与える。
  • 認知機能の低下はせん妄のときのみに現れるものではない。
  • 他の精神疾患(うつ病や統合失調症等)が否定できる。

国立長寿医療研究センター 認知症サポート医養成研修テキスト(’2019年)

診断基準にあげられていた認知機能の説明としては、以下の通りです。

①複雑性注意 ……… 注意を維持したり振り分けたりする能力
②実行機能 ………… 計画を立て、適切に実行する能力
③学習および記憶 … 学習したり記憶したり、それを呼び起こして表出する能力
④言語 ……………… 言語を理解したり表出したりする能力
⑤知覚・運動 ……… 正しく知覚したり、道具を適切に使用したりする能力
⑥社会的認知 ……… 他人の気持ちに配慮したり、表情を適切に把握したりする能力

③ 認知症の病型

④ 認知症の経過

横軸が時間軸です。図の上部が認知症に対する医療で、認知機能が年単位で徐々に低下していくさまを青の実線のグラフが表しています。これに対して図の下部が身体的な医療の内容が示されていますが、身体に関する医療依存度は逆に徐々に終末期に向けて高まっていきます(紫の点線のグラフ)。

認知症に関する医療依存度は、認知症の中等度まではBPSDの発展とともに徐々に高まっていきますが、身体的機能が低下する高度から終末期には低下していきます(赤の点線のグラフ)。体が動かなくなってくるからです。

⑤ 行動心理症状 (BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)

認知症の認知機能障害を中核症状というのに対し、BPSDは周辺症状とも言われます(図4)。しかし、ケアするうえではこちらの対応の方が中心になることも稀ではありません。

BPSDは、認知症の方の身体的、心理的、環境的な状態が相互に影響して引き起こされると考えることが自然です(図5)。このような考え方は、支援にも活かすことができます。次章で詳しく述べたいと思います。

2. 認知症の人と介護者の支援

① 多面的で包括的な病態のとらえ方

認知症の人の症状は、脳の障害自体の問題だけではなく、生育歴、家庭環境、心理社会的要因、元々の性格や他の心身の合併症も関係していると考えられます。

また認知症の人の生活の不自由さは、病気そのものだけではなく、周囲の人とのかかわりが影響して、自らが望む生活を送ることができたりできなかったりすることに由来することもしばしばです。

このような多面的で包括的な病態のとらえ方は、私の専門である心身医学の患者さんの理解の基本(Bio-psycho-socio-ethical-model)です。私が2018年6月の港北区高齢者支援ネットワークで「BPSDに対する理解を深める」でもお話ししました。

【表2】せん妄とアルツハイマー型認知症の臨床的特徴

国立長寿医療研究センター 認知症サポート医養成研修テキスト(2019年)

【表3】せん妄の原因

国際老年精神医学会:プライマリケア医のためのBPSDガイド アルタ出版 2005を一部改変
国立長寿医療研究センター 認知症サポート医養成研修テキスト(2019年)

【表4】せん妄の原因となる主要な薬剤

国立長寿医療研究センター 認知症サポート医養成研修テキスト(2019年)

まず身体的要因、特にせん妄との鑑別が重要(図6、表2~4)です。われわれの記憶、感情、知覚、意欲、思考といった知能は意識の上にのっており、意識の機能が低下すれば知能も低下します。認知症では意識が正常(覚醒)な状態で知能が低下します。せん妄の本態は意識障害(身体因が必ず存在する)であるため、認知症と区別のつかない知能の障害が出現します。

しばしば服用している薬剤の影響を受けている場合があり(ポリファーマシーや、きちんと服用しているかも含めて)、表4にあげた薬剤を服用している場合は要注意です。
その上で、BPSDだと診たてがついたら、それは基本的に周囲との相互症状で起きると考えてみます。何らかの意味があり、その人からのメッセージとして捉えることが重要で、表面に現れた症状の背景にある隠れた問題点の検討をしていきます。
例えば、ジェームズ(2016)によると、周囲が困る行動は、本人にはチャレンジング行動という意味があることがあるといいます。例えば、気持ちが満たされていないことの「伝達」や、気持ちを満たすために行った「努力」、あるいは欲求不満の「サイン」といった具合です。

このように、BPSDがどうして起こるのかを当事者目線で分析し、ケアに活かすやり方をパーソンセンタード(パーソン・フォーカスト)・ケアといいます。
背景にある自己価値観や自尊心の低下、ご本人が不快に感じることを見つけ、もしあれば回避します。例えば、無視される、見下される、暑い寒い、自分でやりたいのにさせてもらえないことなどです。
逆に快い、満足感を感じることを見つけ、それらを積極的に増やす工夫をしてみます。例えば、好きなこと、役割を与える、注意することを減らす、楽しみごとなどです。
石原(2020)は、認知症のある人の支援がうまくいかない理由を3つ挙げています。
1. 私たちと同じ「人権を持つ人」と見ていないから
2. 周囲の人との関係性が悪化しているから
3. 正しい知識や情報が不足しているから

② シェアード・ディシジョン・メイキング(SDM:shared decision making)

周囲の人が本人・介護者の意向抜きにして物事を決めないことも重要です。本人や介護者への適切な支援がなかった結果として、介護者が本人視点で関わる余裕がない状況になっている場合も多く見られます。
心療内科や精神科では、治療方針の決定の仕方として、従来よりSDMを行ってきました。「意思決定の共有」ということですが、患者・家族と治療者が同等に治療方針を決定していくモデルで、治療者は意見を押し付けず、責任も放棄せず、患者は治療者から尊重されていると感じ、自信が回復し、治療へのモチベーションが高くなることが期待されます。

【表5】治療方針決定のパターン

国立長寿医療研究センター 認知症サポート医養成研修テキスト(2019年)

表5のように、パターナリズムの時代のやり方(従来型)と、インフォームド・コンセント(今でも使われていますが)の良い所を取った意思決定法と言えるでしょう。双方向からの十分な情報のやり取りと、専門家としてのアドバイスが大事です。

患者さんと介護する方がどのような希望を持っているか、薬の適切な使用(もちろん使わないことも含め)、日常の支援や必要時の入院についてはどうか、専門家としての見立てや推奨される対処法などをすり合わせていきます。
先ほどの石原によると、認知症と診断がつくと、積極的な治療をあきらめたり、周囲の人たちもかかわる努力をあきらめたりしてしまうといいます。また、周囲の人の支援は、周囲の人が良かれと思う支援を押し付けやすい傾向があるといいます。これらのことを念頭に意見交換をする必要があります。

③ 人生会議(アドバンス・ケア・プランニング (ACP))

また、認知症の人のSDMを進めていく上で、結局のところアドバンス・ケア・プランニング (ACP)の重要性に行きつくと思います。愛称として「人生会議」と呼びます。
「今後の治療・療養について、患者・家族と医療者・介護者があらかじめ話し合っておく自発的なプロセス」(東京都医師会)のことですが、認知症のある人にも以下のことを確認しておくことは、今後の介入方法を考えるうえで重要といえるでしょう。

  1. 大切にしていること
  2. 自分の生き方(心情)
  3. 病気になったときに望む医療やケア、望まない医療やケア
  4. 自分で意思表示ができないときに望む治療
  5. 自分の代わりに判断してほしい人
  6. これだけは嫌なこと
  7. 最期まで暮らしていたい場所

冒頭でもお話ししましたように、「わた史ノート」という港北区版エンディングノートがあり、利用しない手はありません。認知症の長い経過の中で何回も見直したり、付け直したりしてバージョンアップしていくことが有用なのではと思います。

④ 介護者のメンタルヘルス

介護している方が不眠やうつ状態になっていることもしばしばみられます。私は付き添いの方の特にメンタルヘルスにも留意しています。もし何らかの問題があれば、介護者にも積極的に介入して、サポートします。

特に、特定の介護者に作業が集中する場合、介護者にサポーターや相談できる人が少ない場合は、積極的に困ったことや心配事がないかを伺うことにしています。

介護者のメンタルヘルス不調も当然当事者にも影響します。

3. 最後に

クリニックでの診療では、じっくりと時間をかけることがどうしてもできません。時間的な制約がある中で、私が特に留意していることは、以下の通りです。

1. 適切な薬物療法がおこなわれているか
抗認知症薬の使用法も含む。向精神薬の使用は必要性を吟味するが、必要ならば使用は厭わない。しかし、しばしば少量で良い。ベンゾジアゼピン系の薬は基本的に使わない。複数の科から多剤処方の場合も多く(ポリファーマシー)、薬の副作用が起こりやすいので、副作用による症状がないかモニタリング。

2. 快食・快便の確認
低栄養状態に陥っていれば、当然脳の機能も低下する。快便でないと食欲も低下する。

3. 規則的な生活リズム
特に睡眠・覚醒リズムが安定しているかが大事。

4. 日中の活動
適切な刺激と運動が重要。

5. 介護者のメンタルヘルス

参考文献

事例一覧

認知症に関するとりくみ